備後尾道 柿渋商店

瀬戸内地方で昔ながらに柿渋を手作りしています

初収穫


藤江にある柿畑から、初収穫できました。約4.5キロ。幹が折れているのに、まだ繋がって生きているし、折れたところから新芽が出ているし、とても強い柿の木です。でも品種はなんだろう? 工場の絞りカスや収穫後数日過ぎて腐りかけた実からの発芽なので、渋柿であることは確かですが。あと、未成熟のはずのそれらの実から発芽するのもスゴイといつも思います。畑にカスをボンボン適当に投げておくと、なんだか芽が出てくるのです。すごいね君たち。

工場はメインの柿粉砕機が目詰まりして動かず。よしよし、いい子いい子、と調整。高圧洗浄機で清掃などして、なんとか無事に動いてくれました。

メカメカしていて、いつ見ても素敵な粉砕機さん。これを自作されたという先代の岡田商店さんの、その制作しているところをタイムマシンで見学に行ってみたいものです。約70年前だそうです。
今日もなんとか粉砕終了。あとはプレス機かけて無事に絞れました。
柿渋をタンクへ輸送して、また、ありがたく、倉庫前の栗拾い。自然の恵みに感謝。帽子にいっぱい拾って帰りました。縄文時代は一万年平和に続き、主食は栗だったそうですが、皆さんその時は皮剥きをどうされていたのでしょうか。

粉砕機の下にもぐりこむように作業したりしたので、髪にも顔にも、もちろん服にも柿渋がついて、帰りの車のハンドルにも少し柿渋をつけてしまいました。でも、なんでか、こう、工場帰りは服はドロドロでも、いつも気分は爽やかです。なんだか、自分の働きが自然の法則に合致して、とても、オッケー、大変よろしい、というような静かな嬉しい気持ちに満たされます。


kanae3 • 2021年9月13日


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